ワークショップ スケジュール更新しました (11月29日更新)

<ブルース・モーエン公認ワークショップ>
● レベル1 「死後探索コース」  (2日間コース)

   10月21日(土)~22日(日)10:00~18:00 (2日間)終了
   12月 9日(土)~10日(日)10:00~18:00 (2日間)
new 2018年
    1月17日(水)~18日(木)10:00~18:00 (2日間)
 

● レベル2 「パ-トナー探索コース」 プラス (2日間コース)

    11月11日(土)~12日(日)10:00~18:00 (2日間)終了
new 2018年
     2月17日(土)~18日(日)10:00~18:00 (2日間)

 

● レベル3 「自己探索・セルフヒーリングコース」 (3or4日間コース)
    7月15日(土)~17日(祝)10:00~18:00 (3日間)終了
   11月23日(祝)25日(土)26日(日)10:00~18:00(3日間)
new 2018年
    3月 6日(火)~ 8日(木)10:00~18:00 (3日間)

 
開催決定!<出張開催>
● レベル1&2 連続開催 in大分(3日間コース)

場所 大分県大分市内 
new 2018年1月12日(金)~14日(日)9:30~19:00 (3日間)

詳細は、メニューから http://shigotansaku.com/menu

 

 

ご参加お待ちしております。

迷信や言い伝えについて

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以前いただいた質問について、ちょっと書いてみます。

私たちは、いろいろな迷信や言い伝えを何となく信じてたりしますよね。
その中には、もちろんかなり信憑性のあるものもあるでしょうが、
あれっ?てものもあります。

以前のわたしは、それを確かめる術を持っていなかったのですが、
スピリチュアルな世界と関わるようになって、
「これは違うよね」というものが多々あることに気付きました。


迷信や言い伝えの中には、誰かにこちらの方向に進んで欲しいとか
こういう考えに賛同して欲しいという意図を持ったものも多いでしょう。

例えば、子どもに言うことを聞かせるために、
鬼を使ったり、お化けを使ったり、あるいは祟りがあるとか・・・
こういうものは、ほとんどが本当ではないですよね。

また、スピリチュアルな迷信の中で多いのが、宗教絡みのものです。
自分の宗教に都合が良いように、それが普遍的なことのように言います。
それは布教活動の中で、いつの時代にもどの国でも行われて来たことでしょう。
一概にそれが悪いとは言えないですが、丸々信じることはお勧めできません。

具体的に、面白い記述をもらったので、ちょっと触れてみます。

◆死後直ぐにあちらに行かずこの世に残った魂が、三回忌を期に成仏しなかった場合、不成仏霊となって、善からぬ先輩不成仏霊の影響を受けやすくなり、自らも朱に染まってしまいかねない。

⇒これは、ないとも言えないです。
不成仏霊は確かにいると思いますし、波動が近ければ、影響を受け合うこともあるでしょう。
ただ、3年という期限には疑問を持ちます。なにか、宗教的な匂いがします。
三回忌というのは、仏教のしきたりでしょうし、
3年に限らず、何百年経っていても、浄化のチャンスはもちろんあります。

私たちは、ブルース・モーエンメソッドの中で、魂の救済である「リトリーバル」をお教えています。
その中で、様々な霊たちを救済します。
※リトリーバル:http://happyspiritualworld.blog119.fc2.com/blog-category-3.html
※ブルース・モーエンメソッド:http://shigotansaku.com/menu/c1999

また朱に染まることがそれほど危険なことだとは思えないのですよね。
私たちは、生きている間にも、いろいろな影響を受け、それに染まります。
その中から、学べることもあると思うのです。
また、たとえそれが地に落ちるような体験だとしても、
そこにこそ大きな気づきが待っていることも多いのです。
(偉そうに言って申し訳ないですが)


◆一度成仏してしまうと、お盆や命日以外、許可がないとこの世に降りてこれない

⇒これは、完全否定させてもらいます。
成仏をどう捉えるかにもよりますが、
例えば完全にワンネスやハイヤーセルフと一体化することだとしても、
意識の形態は様々あります。
こちらの世界をみることはできますし、それを私たちが感じることもあり得ます。
さらに、次の輪廻転生の準備に入った魂たちも、
こちらの世界と向こうの世界を行ったり来たりしています。
日本の風習、お盆に帰ってくるのは、幽霊たちだけではありません。
ちゃんと、向こうに行った者たちも戻って来ています。


◆コミュニケーションには線香が電話代わり

⇒繋ぎ役にはなるかもしれませんね。
わたしも、時々お線香の香りで、死者の存在を感じることがあります。
逆に、仏壇やお墓でお線香を焚くことで、お参りしていることを
故人に知らせる手立てになるかもしれません。
でも、どうしても必要なものでもないはずです。
お線香を使わない国もあることを想い出してください。


◆魂には声をだして話しかけないと聞こえない

⇒基本的には、死者やガイドたち非物質世界の存在たちとのコミュニケーションは、
テレパシーが中心です。
それをそれぞれが言語化して理解する感じです。
ですから、日本語しかできないわたしも、何の問題もなく外人と話しができます。
テレパシーであれば、声に出す必要は本来はないはずです。
ただ、声に出したほうが受け止めてもらいやすい、願いが叶いやすいと、
こちらが信じることで、そういう現実を創り出します。


◆死んでしまっただけなので、何かお願いをしても叶えてくれるわけではない

⇒死んで間もない人間たちの多くは、亡くなった時とそれほど変わらない状態で存在します。
急に何でもわかるようになったり、特別な能力を身に着けたり、
何でもできるようになったりはしないようです。もちろん例外はいますが。
ですから、何でも願いを叶えられる神のような存在ではありません。

じゃあ、お願いをするのは良くないなのかというと、そうでもないと思います。
彼ら自身は叶える力を持っていなくても、彼らは死後、いろいろな存在との繋がりを持ちます。
願いを叶える力を持つ存在とも繋がっているかもしれないですし、
大切な人の願いを叶えてあげたいと奔走することが、彼ら自身の学びになるかもしれません。

また、もうひとつ重要なことは、自分では特定の誰かにお願いしたつもりでも、
それをキャッチし願いを叶えてくれるのは、別の存在ということもあり得ます。
さらに、お願いをする=許可を出すということになりますから、
願いを発しない限り、勝手に叶えてもらえる確率はないに等しいのです。
許可を出すという意味でも、有効です。


いただいた迷信的な言葉は以上ですが、死後世界を体験していない人には、
それらを見分ける術がないですよね。

そこで、そういう能力がなくても見分ける方法を少しだけ書いてみますね。

1)脅しに近い言い回しは、恐怖で操作する意図がある可能性が高いので、すべて無視して良い。
無視したら、たいへんなことになることなんてありません。
良い存在に、脅しで言うことを聞かせようとするものはいません。

2)自分の中に抵抗感を感じるものも、信じないでください。
それをどんなに信頼できそうな人が言っていても、自分には必要のないことだと思ってください。
それぞれの人に、それぞれの信じることがあって良いのです。
自分の直感のほうを優先させるべきです。

3)金銭や損得が絡む場合は、裏を疑う。
それを信じることで、明らかに得をする人がいる場合、目的はそこにあります。
ちゃんと確かめてから、信じてください。

4)理由や発祥を聞いてみる。
違和感を感じてたら、理由や発祥を尋ねてみてください。
納得のいく答えが得られないなら、信じる必要はありません。
また、今の時代ならネットで検索してみるといろいろな答えが出てくるかもしれません。


さてさて、古くからある迷信や言い伝えには、素晴らしものもたくさんあります。
でも、理解が浅かったり、古かったりするものもあります。
自分が何を信じるかも、アップデイトする必要があります。

さらにできるなら、ご自身で確かめてみるのが一番です。
できるなら、わたしの言葉もそのまま信じず、確かめてください。
わたしが語ることは、あくまで今のわたしにとっての真実でしかありませんから。





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感動的な101歳の葬儀

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少し前、伯母がなんと!
101歳の命を閉じ、葬儀に行って来ました。

生まれ故郷の親戚のお寺さんにお願いしてあったので、
すべて手配し、祭壇を作ってもらいお経をあげてもらいました。

伯母とは、一緒に住んでいたこともあったので、
どうにか予定を変更し、駆けつけることができてほんとうに良かった。

葬儀の際、お寺の和尚様とその息子さんお二人で、
なんと3人でのお経の唱和?合唱?をしてくださいました。
さすが親子ですから、息もぴったりで素晴らしい合唱です。

お経を聞きながら、伯母とコンタクトしてみました。
その時の様子を書いてみます。
とても感動的でした 

               

すぐに、伯母を感じました。
ここがどこかがわからず、少し戸惑った様子だったので、
親戚のお寺であることを伝えると、
理解し落ち付きを取り戻した感じがしました。

そうなのです。
わたしはこのお寺に何度も来たことがあるのですが、
伯母は初めてだったかもしれません。

お経が進むうちに、伯母の姿が変わっていくのを感じました。
若くなり、さらに透明度を増しているようでした。

すると、ガイドからの解説で、
「お経には、死者のエネルギーを癒し浄化する働きがある」
と、改めて教えてもらいました。

なるほど、そうだよねと思いながら、
合唱にうっとりとしていると、
「今日は合唱をしてくれているので、その効果が特に高い」のだと、
さらに解説が入ります。

そして、
「他の宗教でも、そのように音を発していますね。
音は、魂を癒し浄化する作用があるのですから。
例えば、キリスト教でも讃美歌を歌う。それは同じ意味を持ちます」

そんな解説が、お経と共に続きます。

さらにふと、
誰かヘルパーやガイドなどのお迎えは来ていないのかな?
と気になって探していると、
阿弥陀如来のようなお姿の存在が視えてきました。
仏像は詳しくないので、その姿が阿弥陀様なのか、
他の存在なのかはわかりません。
たぶん聞いても、「それはどちらでも良いこと」 と言われそうです。

その如来様が、伯母に何か衣のようなものを
後ろから掛けてくれるのが視えました。
すると、伯母の姿が輝き出したように感じます。
身体から光を放っている。
それはとても美しい姿。

そんな姿を眺めながら、お経の合唱の中で、
伯母の人生を振り返ってみました。

一度だけ、郵便局で働いたことがあったそうですが、
上手く仕事に馴染めず、すぐに辞めてしまったとか。
その後結婚することもなく、
弟である父のものとで、母親である祖母と長女の伯母と共に暮らしていました。
だから私は、中学生まで一緒に住んでいたのです。
働いていた母の代わりに、家事を担当してくれていたので、
わたしはお弁当を作ってもらったり、お世話になりました。

伯母は、とても無口な人で、物静かにひとりでいるのが好きでした。
ゆっくりと自分のペースで物事をこなし、
人に迷惑をかけないように生きることを大事にしていたように思います。
たまに、話しかけるとゆっくりとした口調で応えてくれるのが、
何だが妙に嬉しかったのを覚えています。

そんな伯母は、最終的には父母が引っ越して一緒に住めなくなって、
上の伯母と共に施設に入ったのですが、そこでも静かに暮らしていたようです。
上の伯母は、とても社交的な人だったので、対照的でした。

取り立てて、何をしたということもない伯母の一生って何だったんだろう?
そんな問いを誰ともなく投げかけると、こんな言葉が入って来ました。

「誰にも迷惑をかけることなく、ただ静かに命が尽きるまで生き通すことは、簡単そうで簡単なことではないのです。
それは、生きながら仏であったとも言えるでしょう」


その言葉を聞きながら、
この世で私たちが思う素晴らしい人と、
魂の世界での素晴らしい人は違うのだと、改めて思いました。

さらに、光輝く伯母の姿を視て、
普通は49日と言われる成仏への道筋を
彼女は、一瞬で終えたのだとわかりました。
そのために用意されたのが、
3人でのお経の合唱だったのかもしれません。
天の采配は、素敵です 

それを裏付けるかのように、
初七日、そして四十九日の法要を続けて行うことになりました。
通常は四十九日を経てから、法要の後、納骨するのですが、
なんと、そこまで1日で行おうということになったのです。

それを言いだした和尚様は、ちゃんと伯母の魂の準備ができていることがわかったようです。
あとで、わたしが葬儀の際の伯母の姿を伝えすると、
やはり間違っていなかったと言っておられましたから。

そして、伯母は素敵なプレゼントくれました。
火葬に行く際、そのお寺の二人の娘たちが伴ってくれました。
待つ間、それこそ30年振りの3人での再開に、
昔話に花が咲いて、楽しい時間を過ごすことができました。
これは、きっと伯母のことをずっと気にかけて来たわたしへのプレゼントかもしれないと、そんなことを思いました。

素晴らしい経験をさせてもらったと、
今も伯母に心から感謝しています。


               

こんなに、幸せを感じるお葬式は初めてです。
それは、101歳を全うした伯母だからこそあり得た
終わりと始まりのセレモニーだったのでしょう。

また、現在どうしているのか、
会いに行ってみたいと思います。





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「 神の教える路 」

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神は質問者によって答えを違える

山を好む者には山に続く右の路を
海を好む者には海に続く左の路を
草原を好む者には草原に続く正面の路を
洞窟を好む者には洞窟に続く下の路を
空を好む者には空に続く上の路を教える

そのどれも
またここに戻る路であることは隠したまま


          '17.8. by my guide




<LUCKY YOU> から一言
続きのメッセージがありました。

再びここに戻り来たとき
胸に秘めたる想いは
初めのそれとは 明らかに違っている
路を往く間に出逢うものが 
それぞれの進化を促してくれるだろう

答えはひとつではないし、
というより、たくさんある。
また、一度出した答えが変化することがあってもいい。
そういうことも感じました。



ガイドさんたち いつもありがとう てろてろはぁと02
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メッセージ  「 神の教える路 」

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ときどき、ガイドたちからメッセージをもらいます。
これもふとした瞬間に入って来たものです。

どんなふうに捉えるかは、お読みになる皆さまの自由です。

           

「神の教える路」

神は質問者によって答えを違える

山を好む者には山に続く右の路を
海を好む者には海に続く左の路を
草原を好む者には草原に続く正面の路を
洞窟を好む者には洞窟に続く下の路を
空を好む者には空に続く上の路を教える

そのどれも
またここに戻る路であることは隠したまま


           


この後、
「また、同じところとに戻って来ちゃうんだ~」とツッコミを入れてみました。

解説的に入って来たのが、

再びここに戻り来たとき
胸に秘めたる想いは
初めのそれとは 明らかに違っている
路を往く間に出逢うものが 
それぞれの進化を促してくれるだろう


というメッセージです。


つまりは、答えはひとつではないし、
というより、たくさんある。

また、一度出した答えが変化することがあってもいい。

そういうことかなとも思いました。



※こちらのブログとも連動しています。
「スピリチュアル・ワールドからのメッセージ集」
http://luckyyou2100.blog92.fc2.com/blog-entry-148.html



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